東京高等裁判所 昭和31年(う)430号 判決 1956年7月24日
控訴人 被告人 吉野栄吉
弁護人 新津章臣
検察官 池田浩三
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は末尾添附の弁護人新津章臣及び被告人提出の控訴趣意書記載のとおりであるからここにこれを引用する。これに対する当裁判所の判断は左のとおりである。
弁護人の論旨第一点について。
原判決挙示の証拠により被告人が原審相被告人谷口勝と共謀の上原判示日時場所に於て磁石を使用しパチンコ玉を当り穴に誘導し因つてパチンコメタル約百四十個を流出させてこれを窃取した事実を認定するに十分である。被告人がパチンコメタルを取得する相談をせずその意思さえなかつたものとは認められずその他原判決に事実の誤認があるとはいえない。もつとも右パチンコメタルを流出取得する右所為が最終的にはこれを景品と引かえることを目的としていたとの事実は記録上窺い得ないではないが、たとえ他の犯罪の手段たる行為であつても、別個の犯罪を構成すると認められれば、その法条を適用することを妨げないものであり、被告人の右所為がパチンコメタルを以つて景品引換を目的とする詐欺罪の一部に吸収され、独立した窃盗罪を構成しないものとすべき理由がない。又そのように解して法律を適用することが社会通念に反するとはいえない。原判決には審理が不十分で事実を誤認した違法がないから論旨は失当である。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 近藤隆蔵 判事 吉田作穂 判事 山岸薫一)
新津弁護人の控訴趣意
第一点原判決は事実の誤認があり、その誤認が判決に影響を及ぼすこと明らかである。即ち、原判決は「被告人は磁石を使用してパチンコメタルを窃取した」と認定している。しかし乍らパチンコ遊技は、景品取得が目的で始まる行為であり、その前提として多量のパチンコ玉を流出せしめることを必要とするものであること言う迄もない。而してパチンコ遊技に於ける違法行為は、この前提段階である。多量のパチンコ玉を流出せしめる点に対して種々なる方法で行われて居る。従つてこの違法な手段に因り、多量のパチンコ玉を流出せしめる行為は、総てこれらの玉を以つて正当に流出せしめた玉であるかの如く装つて景品を詐取せんとする必然の前提である。その前提行為である違法手段に因る多量の玉の流出、という事実のみを景品詐欺という目的から切り離し、しかもこれを以つて窃盗罪に該当するものなり、と処断するのは社会通念に反するものである。此の点判例も窃盗罪で処理しているものと、詐欺罪で処理しているものの両者を見出し得る。即ち、東京高等裁判所に於ては、第七刑事部昭和二十九年十一月二十日判決は、偽玉を使用して多くの玉を得た事例につき窃盗罪で処断し、第八刑事部昭和二十九年三月三日判決、及び第九刑事部同三十年七月十一日判決は、偽玉を使用して多くの玉を得て景品を取得した事例につき詐欺罪で処断している。又最高裁判所に於ても、第三小法廷昭和二十九年十月十二日判決は窃盗罪で、同年四月二十七日判決は詐欺罪で処断している。以上の判決を通覧するに、結局被告人の違法行為の発見される時期、即ち逮捕の時期が、パチンコ玉を打つている時か、或は又景品引換の時か、の何れかによつて前者をパチンコ玉の窃盗、(景品引換は爾後犯か?)後者を景品の詐欺に該当するものと認定している様である。勿論単純にパチンコ玉のみを窃取する、という事案を考えられない事はない。しかし通常の場合は景品取得が目的で、パチンコ玉のみを取得する為に不正手段を用いて多量の玉を流出せしめるという事はありえない処であろう。本件に於ても、原判決の理由中の証拠、即ち、被告人の昭和三十年十二月二十六日付検察官に対する供述調書相被告人谷口勝の前同日付検察官に対する供述調書、原審第一回公判廷に於ける相被告谷口勝の供述を綜合してみれば、被告人並びに相被告人谷口は磁石を使用してパチンコ玉を当り穴に誘導し、多量のメタルを流出せしめ、このメタルを正当に取得したメタルの如く装つて景品引換所に提出し、景品を取得する相談をしたことが推察出来るので、単に磁石を使い上田パチンコ店よりメタルのみを取得するという相談は勿論、その意思さえもないのである。原審がこの点を無視し唯被告人がパチンコ玉を打つている際に、その不正手段を発見され、遂に景品引換という目的が達せられなかつた、という事実を看過しこれを部分的に切り離して窃盗罪を以つて論ずるは明らかに審理不十分で事実を誤認しその誤認が判決に影響を及ぼすこと明らかである。
(その他の控訴趣意を省略する。)